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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)205号 判決

原告

青木静江

右訴訟代理人弁護士

土生照子

船戸実

神山美智子

堀敏明

村千鶴子

横山哲夫

樋渡俊一

飯田正剛

清水勉

被告

東京都知事

鈴木俊一

右指定代理人

半田良樹

外二名

主文

一  被告が原告に対し平成三年六月二八日付けでした公文書非開示決定(平成四年八月一三日付け異議決定により一部取り消された後のもの)のうち、次の公文書について非開示とした部分を取り消す。

1  東京都立衛生研究所長が昭和六三年五月六日付けで作成した検査成績書本文のうち農薬が検出された健康茶に関する部分

2  東京都立衛生研究所長が平成二年三月三一日付けで作成した検査成績書本文のうち農薬が検出された健康茶に関する部分及び同成績書別紙2―2(一部開示された部分を除く)

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し平成三年六月二八日付けでした公文書非開示決定(平成四年八月一三日付け異議決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、東京都の区域内に住所を有する者であり、被告は、東京都公文書の開示等に関する条例(以下「条例」という。)に基づく公文書開示の実施機関である。

2  本件公文書の存在

東京都立衛生研究所は、東京都衛生局の委託を受け、昭和五八年度、昭和六二年度及び平成元年度の各年度に、烏龍茶など市販されている健康茶の検体(以下「本件検体」という。)を含む多数の食品を対象に、添加物、残留農薬、有害物質等の検査を行い、同研究所長は、(一) 昭和五八年度の検査結果については昭和五九年七月一八日付け検査成績書、(二) 昭和六二年度の検査結果については昭和六三年五月六日付け検査成績書、(三) 平成元年度の検査結果については平成二年三月三一日付け検査成績書をそれぞれ作成し、東京都衛生局環境衛生部長宛に提出した。それらの検査成績書は、検体の番号、品名及び数量、検体の入手先の営業所所在地や業者名、検査項目等の事項を記録した本文と、その別紙として引用された検査結果一覧表とで構成されている。

3  原告の公文書開示請求

(一) 原告は、平成三年六月一八日、被告に対し、条例五条に基づいて、開示を求める公文書の件名又は内容を「都立衛生研究所の調査により相当量の農薬が検出された『健康茶』の商品名と検出量が登載された資料」とする公文書の開示請求(以下「本件請求」という。)をした。

(二) 本件請求は、前記の各検査成績書のうち健康茶である本件検体の調査状況(農薬検出分)が記録された部分(以下、一括して「本件成績書部分」といい、各年度のそれを「五八年成績書部分」などという。)の開示を求めたものであり、本件成績書部分の本文と、その別紙として引用された検査結果一覧表がこれに当たる。

4  被告の非開示決定等

(一) 被告は、平成三年八月二八日、本調査は、都内に流通している全ての健康茶を対象として行ったものではなく、また、調査結果においても、食品衛生法に定める茶の残留基準値の範囲内であり、開示することにより営業者の「競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位」(以下「競争上等の地位」ともいう。)を損なうものと認められるとして、条例九条三号に該当することを理由に、本件請求に係る公文書を開示しないとの決定(以下「本件決定」という。)をした。

(二) 原告は、本件決定を不服として、行政不服審査法に基づく異議申立てをしたところ、被告は、平成四年八月一三日付けで、本件決定のうち、開示しても社会通念上容易に特定の商品が識別されない記載に係る部分を取り消し、その余の部分については異議申立てを棄却する旨の決定をした。

(三) 被告は、右決定に基づき、社会通念上容易に特定の商品が識別できると認められる情報(以下「商品特定情報」という。)を除いた部分として、平成四年九月一〇日、原告に対し、本件成績書部分のうち次の(1)ないし(3)の部分を開示したが、本件成績書部分の本文については一切開示しなかった。

(1) 五八年成績書部分の別紙1―2の部分であって、品名欄一九文字を「○」印で削除したもの(本判決の別紙(1))

(2) 六二年成績書部分の別紙2の部分(本判決の別紙(2))

(3) 元年成績書部分の別紙2―2の部分であって、品名欄一二文字を「○」印で削除したもの(本判決の別紙(3))

5  本件非開示部分の範囲

右一部開示の結果、本件成績書部分のうち開示されていない部分(以下「本件非開示部分」という。)は、次のとおりである。

(一) 五八年成績書部分の本文のうち番号五〇ないし六二の検体に関する部分並びに同成績書部分の別紙1―2のうち品名欄の削除部分

(二) 六二年成績書部分の本文のうち検体番号一九八七の検体に関する部分

(三) 元年成績書部分の本文のうち検体番号一一〇九、一一二四、一一三九、一一五四、一一六九、一一八四、一一九九、一二一四、一二二九、一二四四、一二五九、一二七四、一二八九、一三〇四、一三一九及び一三三四の検体に関する部分並びに同成績書部分の別紙2―2のうち品名欄の削除部分

6  しかしながら、本件決定(異議決定による一部取消し後のものをいう。以下も同じ。)は条例九条三号の解釈適用を誤ったもので違法であるから、原告はその取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2  同3の(一)の事実は認めるが、(二)は争う。

本件請求にいう「『健康茶』の商品名と検出量」が記録されたものとしては、本件成績書部分の別紙である検査結果一覧表だけであり、本件成績書部分の本文は、本件請求により開示が求められた公文書ではない。

3  同4及び5の事実は認める。

4  同6は争う。

三  抗弁(本件処分の条例適合性)

1  五八年成績書部分についての開示請求権の不存在

条例によれば、条例公布の日(昭和五九年一〇月一日)よりも前に事案決定手続が終了した公文書については義務的な開示の対象とせずに、実施機関の任意の判断により開示できるものとしている(一五条)。したがって、五八年成績書部分は、本来、条例による開示請求の対象とならないが、被告は、その一部を任意に開示することとしたのであって、原告は、五八年成績書部分について条例に基づく開示請求権を有しない。

2  条例九条三号該当性

本件非開示部分は、次のとおり、条例九条三号に該当するから、これを開示しないとした本件決定は適法である。

(一)  条例九条は「実施機関は、開示の請求に係る公文書に次の各号のいずれかに該当する情報が記録されているときは、当該公文書に係る公文書の開示をしないことができる。」と規定し、その三号は次のとおり定めている。

「法人(国及び地方公共団体を除く。)その他の団体(以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、開示することにより、当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれると認められるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。

イ 事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある危害から人の生命、身体及び健康を保護するために、開示することが必要であると認められる情報

ロ 違法若しくは不当な事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある支障から人の生活を保護するために、開示することが必要であると認められる情報

ハ 事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある侵害から消費生活その他都民の生活を保護するために、開示することが必要であると認められる情報その他開示することが公益上特に必要であると認められる情報」

(二) 本件成績書部分には、別紙(1)ないし(3)のとおり、本件検体の一部から有機塩素系農薬のBHCあるいはDDTが検出された旨の記録があるが、その殆どが食品衛生法に基づく「食品、添加物等の規格基準(昭和三四年一二月二八日厚生省告示第三七〇号)」(以下「規格基準」という。)の定める残留基準値0.2ppmよりも遥かに微量なものである。茶についての残留基準値は、その範囲内であれば、通常の用法で毎日飲用する限り安全であって、人の生命や健康に悪影響を及ぼすことがないとされている値であり、本件検体は、食品衛生法に違反するBHCやDDTの残留が認められたというものではなく、国内で流通が許された健康茶であった。

また、本件検体の一つから、規格基準において不検出とされているディルドリン0.001ppmが検出された旨の記録があるが、しかし、東京都立衛生研究所の検査の技術及び精度は、わが国でも最高水準にあり、規格基準所定の公定法の一〇倍あるいは一〇〇倍以上の値まで検出できるから、その検査で検出された0.001ppmのディルドリンは極めて微量であり、規格基準所定の公定法によっては不検出となる程度のものであって、食品衛生法に違反して国内で流通が許されないというものではない。

(三) ところが、今日の情報化社会においては、商品特定情報を含む本件非開示部分が開示された場合には、たとえ、健康茶に残留する農薬が極めて微量であり、それら健康茶が食品衛生法の規制に適合するものとして国内で流通が許されているにもかかわらず、一般消費者が、過剰で情緒的な表現あるいは「高濃度の農薬」などの過大な表現を用い易いマスコミ報道の影響を受け、二〇〇ミリリットルの烏龍茶を飲用すれば直ちに健康に被害があるかのごとき誤解を受けることが予想され、BHCやDDTが検出されたとされる特定の健康茶を買い控える行動に出るであろうことは容易に推認することができ、さらには多数の消費者による不買運動や市場の混乱が起こる可能性すらある。その結果、その特定の商品を取り扱う法人や事業者の競争上等の地位が損なわれるに至ることが明白であり、本件非開示部分は、条例九条三号本文所定の情報が記録されている公文書に該当する。

なお、東京都消費者センターは、市販の商品を購入してその品質・性状等の調査分析(以下「試買調査」という。)を行い、その商品名、製造業者名、購入店名を含む調査結果を公表しているが、右試買調査は、一般消費者に対する商品情報の提供を目的とした消費者保護行政に基づくものであるのに対し、本件の健康茶の成分検査は、食品の規制を目的とした食品衛生行政に基づくものであるから、その結果の公表の面において異なる取り扱いを受けてしかるべきであるし、まして、本件は健康茶に含まれる農薬を調査したもので、これまでの試買調査の場合と違って、マスコミの取上げ方や消費者の受止め方に大きな違いがあり、これを公表することによって市場の混乱を招く危険は遥かに高いといえる。

(四) また、条例九条三号ただし書についてみるに、前記のとおり、本件検体から検出されたBHC、DDT及びディルドリンの残留量は、食品衛生法の規制の範囲内であり、それらの健康茶は人の生命・身体・健康に危害を及ぼす食品ではないし、このような食品を製造・販売することは何ら違法・不当な事業ではないから、本件非開示部分の情報が、条例九条三号ただし書に該当するものでないことも明らかである。

四  抗弁に対する認否〈省略〉

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1(当事者)、2(本件公文書の存在)、3(原告の公文書開示請求)の(一)、4(被告の非開示決定等)、5(本件非開示部分の範囲)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件請求によって開示が求められた公文書の範囲について

右争いのない請求原因2の事実と、いずれも原本の存在及び成立に争いのない乙第七号証の一ないし八、第八号証の一ないし五、第九号証の一ないし一〇によれば、検査成績書は、その本文において、検体の番号、品名及び数量、検体の買上げ先の営業所所在地や業者名、検査項目、検査結果などの事項を記録する欄が設けられ、品名及び数量欄には、検体の商品名の外に「80gアルミ袋詰×25」等商品がどのような状態で販売されていたかという情報が、摘要欄には、原材料の原産国名や製造年月日といった情報が記録されており、また、検査結果欄には、「別紙1―1のとおりである」などとして検査結果一覧表を引用していること、引用された検査結果一覧表には、別紙(1)ないし(3)のとおり、番号、品名、検査結果が記録されているが、その品名欄には、「鉄観音」「烏龍茶」「ジャスミン花茶」などの一般的な名称が表示されるにとどまるものが多いことが認められる。

右認定したところからすれば、検査成績書は、検体の商品名などの情報を記録した本文と検査結果を一覧表にした別紙とで構成され、その本文と別紙とが一体となって健康茶等の検体の成分等の調査状況を記録しているものというべきであるから、本件請求に係る「農薬が検出された『健康茶』の商品名と検出量が登載された資料」というのも、本件検体の商品名等が登載された検査成績書の本文と、本件検体に係る農薬の検出量が登載された検査結果一覧表との両方を意味するものであることは明らかであり、被告主張のように検査結果一覧表のみに限定されていると解すべき根拠は見当たらない。したがって、本件請求によって開示が求められた公文書は、原告主張の本件成績書部分(本文及び別紙)であり、その別紙だけに限定されるとする被告の主張は失当である。

そうであるとすれば、本件決定は、検査結果一覧表の中の商品特定情報のみならず本件成績書部分の本文についてもこれを非開示とする処分であるということができる。

三  五八年成績書部分に関する本件決定の適否について

前掲乙第七号証の一、成立に争いのない乙第三号証によれば、条例は、その二条三項において、条例にいう「公文書の開示」を定義し、開示の対象となる公文書を「この条例の公布の日以後に事案決定手続等が終了した公文書に限る」ものとするとともに、その一五条において、実施機関は、「この条例の公布の日前に事案決定手続等が終了した公文書」の閲覧又は写しの交付等の申出があった場合には、「これに応ずるように努めるものとする」と規定して、任意的な開示について定めていること、条例公布の日は昭和五九年一〇月一日であること、東京都衛生局環境衛生部長宛に提出された五八年成績書部分は、昭和五九年七月二〇日に同部食品監視課によって収受されていることが認められる。

条例に基づく公文書の開示請求権は、条例が定める条件の下において、その限度で権利として付与されたものであるところ、右認定のとおり、五八年成績書部分は、条例公布の日よりも前に事案決定がされた公文書であるから、条例に基づく義務的な開示の対象となる公文書には当たらないものであり、したがって、原告にはその開示請求権がないというべきである。そうすると、本件決定のうち五八年成績書部分について非開示とした部分は適法であり、その取消しを求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないといわざるをえない。

四  六二年及び元年成績書部分に関する本件決定の適否について

1  六二年及び元年成績書部分を非開示としたことについて、被告は、本件非開示部分が条例九条三号所定の非開示情報に該当する旨主張するので、以下、この点について検討する。

2  抗弁2(一)は、当事者間に争いがない。右争いのない条例九条三号は、請求に係る公文書を開示しないことができる場合として、法人等に関する情報であって、開示することにより、当該法人等の「競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれると認められるもの」と定めている。

右にいう「競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれると認められるもの」という文言は抽象的であり、法人等の販売力や収益等に何らかの不利益が生じるおそれのあるいかなる情報も広くこれに含まれると理解することも不可能ではないといえるが、条例は、東京都が保有する情報を都民に公開し、都民と都政との信頼関係を強化して、地方自治の本旨に即した都政を推進することを目的として制定されたものであり(条例一条)、条例九条で例外的に非開示とされるものを除いては、原則として開示請求権者に対して公文書を開示することとし、開示手続に携わる実施機関は、条例の解釈及び運用に当たって都民の開示請求権を十分尊重すべきこととしている(条例三条)ことや、九条三号の規定が「損なわれると認められる」と定めていることなどからすると、公文書非開示の要件となる右「競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれると認められるもの」との規定は、当該情報が開示されることにより、法人等の事業活動等に何らかの不利益が生じるおそれがあるというだけでは足りず、その有している競争上等の地位が当該情報の開示によって具体的に侵害されることが客観的に明白な場合を意味するものと解するのが相当である。そして、開示が求められている情報が開示されることにより、当該法人等の競争上等の地位が具体的に侵害されると認められるかどうかは、当該情報の内容によっても当然に異なるものであり(例えば、当該情報が事業活動上の機密事項や生産技術上の秘密に属する内容であるならば、通常、これが開示されることにより競争上等の地位が具体的に侵害されることが客観的に明白であろう。)、その判断は、当該情報の内容・性質を始めとして、法人等の事業内容、当該情報が事業活動等においてどのような意味を有しているか等の諸般の事情を総合して判断すべきものであるといわなければならない。

3  これを本件についてみるに、前掲乙第八号証の四、第九号証の八、成立に争いのない甲第二〇、二一号証、第四三号証の一ないし三、乙第一号証、第六号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証、第三五号証、乙第四号証の一ないし三、第一三号証、第二〇、二一号証及び証人西島基弘の証言並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、その認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  東京都衛生局は、食品に関する広域監視の一環として、昭和五〇年以降、新規開発食品、規格基準の定められていない食品、消費者の関心が高い食品などを対象として、先行調査と称される食品調査業務を行っており、小売店から調査対象食品を購入して、これらを検体として東京都立衛生研究所に送付し、その中に含まれる栄養価、添加物、化学合成物等の分析を依頼していたが、昭和五三年以降、いわゆる健康食品を対象とする先行調査を開始した。

(二)  健康茶に関する先行調査は昭和五六年に五七検体を用いて初めて行われたが、その際に東京都立衛生研究所が行った成分検査の結果、二三検体から国内では昭和四六年以降販売も使用も禁止されているBHCという有機塩素系化合物が検出された。その検査結果は、昭和六一年六月に「食品衛生学雑誌」に掲載され(ただし、商品特定情報は掲載されていない。)、さらに平成三年五月二四日の毎日新聞の紙面にも「輸入健康茶から農薬」との見出しで要約されて掲載された。

(三)  本件成績書部分には、本件検体の商品名とそれぞれの検体ごとにBHC、DDT、ディルドリン、総臭素などの検出の有無、検出量が記録されている。そして、六二年成績書部分によると、別紙(2)のとおり、一つの本件検体からBHCが検出され、また、元年成績書部分によると、別紙(3)のとおり、一六の本件検体のうち一二検体からBHCが、一一検体からDDTが検出されたが、右各検体から検出されたBHCの量は0.001ppmないし0.172ppmであり、DDTの量は0.002ppmないし0.026ppmであって、いずれも規格基準である茶についての残留基準値0.2ppmの範囲内であり(右各成績書部分に本件検体の一部からBHC、DDTが検出された旨の記録があること、規格基準が茶についてBHC、DDTの残留基準値を0.2ppm以下としていることは、当事者間に争いがない。)、本件検体に食品衛生法に違反するBHCやDDTの残留が認められたというものではない。また、元年成績書部分によると、本件検体の一つから規格基準によれば検出されてはならないディルドリン0.001ppmが検出されているが(右成績書部分に本件検体からディルドリンが検出された旨の記録があること、規格基準がディルドリンについては不検出としていることは、当事者間に争いがない。)、右規格基準が所定の公定法による試験法を前提としているのに対し、東京都立衛生研究所の検査は右公定法よりも精密な結果が得られる方法で行われたものであって、右の程度の量のディルドリンが検出されたからといって直ちにそれが食品衛生法に違反し販売が許されないと速断することはできない。

(四)  ところで、東京都消費者センター試験研究室では、市販の各種商品について試買調査をし、調査分析した商品名やその商品の製造業者名を含めた試験結果を「試買テストシリーズ」という冊子にして、一般に公表している。その平成三年五月号は、同研究室が平成二年七月から八月にかけて都内のコンビニエンスストア一三店舗で販売されている六九銘柄の弁当、おにぎり、サンドイッチ等を対象として行った栄養分、細菌や大腸菌群数等の調査分析の結果を、商品名及び製造業者名を具体的に明らかにしたうえで公表したものであり、その平成四年一二月号は、同研究室が平成三年一一月から一二月までの間に都内の二四店舗及び一〇か所の自動販売機で販売されている三九銘柄の健康志向飲料及び四四銘柄のドリンク剤を対象として行った栄養価、保存料、内容表示の正確さ等の調査分析の結果を、商品名及び製造業者名を具体的に明らかにしたうえで公表したものであるが、いずれの場合も、その公表後にそれら商品の製造業者や販売業者から特段の抗議、苦情が寄せられたことはなかった。

(五)  また、民間団体である日本子孫基金は、平成四年一一月に都内で市販されているバナナ一二個を購入し、これを横浜国立大学・環境科学研究センターに依頼して検査した結果、一二検体中の六検体から殺菌剤ベノミルの有効成分であるMBCが検出されたとして、本件検体の銘柄や生産国の記載とともにこれを「JOFニュース」という通信紙で公表した。そして、右のバナナからベノミルが検出されたという事実については、毎日新聞の平成四年一二月一二日の紙面において、ベノミルが発がん性があるとして米国で使用禁止とされている事実とともに報道された。

(六)  なお、平成二年八月ころ、米国産輸入レモンから除草剤「2、4―ジクロロフェノール」が検出されたことが報道されたことから、一部のデパートやスーパーマーケットから輸入レモンを撤去したことなどがあったほか、札幌市では、右報道を切っ掛けに学校給食から輸入果物が敬遠されるようになったといわれているが、前記(二)の健康茶から農薬(BHC)が検出されたとの新聞報道がされた際には、それによって健康茶に対する不買運動が生じたとか、市場が混乱したなどの事態が発生したとの形跡は窺われない。

4  本件成績書部分は、東京都が市販されている健康茶を買い上げ、これを検体としてその成分、残留農薬等を分析調査し、その検体と検査項目ごとに検査結果を記録したものであり、商品特定情報を含む本件非開示部分が開示されれば、すでに開示されている部分と相俟って、いかなる商品名の健康茶からBHC等の農薬がどの程度の量検出されたかが明らかになるものである。

しかし、商品の販売という事業活動は、本来、事業者や商品に関する情報を積極的に一般に公開することによって成り立つという側面を有するものであり、すでに市場で販売、流通している商品について、その品質・性状を調査分析することは、相当の費用を投じれば一応誰にでも可能なのであって(前記認定のとおり、日本子孫基金という民間団体が専門機関に依頼して市販のバナナの調査分析を行った例もある。)、商品の品質・性状に関する客観的な情報は、事業者が当該商品を流通に置いた後は、もはや事業者においてこれを秘匿すべき合理的な理由がないのみならず、実際にもこれを秘匿することはほとんど不可能であるというべき性質のものである。また、商品の品質・性状に関する客観的な情報が公表されることにより、消費者において、ある事業者の商品の品質・性状と他の事業者の商品のそれとの比較が可能となり、その結果、ある事業者の商品の販売力や収益に不利益が生じることがあるとしても、それはもともと当該商品の品質・性状の格差に由来するものであるから、当該商品を流通に置いている事業者が甘受しなければならないというべきである(なお、前記認定のとおり、東京都消費者センター試験研究室が、試買調査の対象商品の品質・性状に関する客観的な情報を公表しているのも、事業者が流通に置いた商品の品質・性状に関する客観的な情報は、もはや事業者一人のものではなく、広く消費者一般に開示されるべきものであるとの認識に基づくものといえよう。)。

したがって、商品の品質・性状に関する客観的な情報は、通常は、これが開示されるとしても、当該商品の本来の品質・性状の格差が明らかになるという以上に、事業者の有する競争上等の地位をことさらに害するような性質の情報ではないといわなければならない。

5  もっとも、商品の品質・性状に関する客観的な情報が、本件のように消費者の関心の非常に高い農薬に関するものである場合には、これが開示されると、ただ農薬が残留しているというだけで、その検出された量のいかんにかかわりなく消費者等がこれに過剰に反応し、単に商品の品質・性状の格差が明らかにされるという以上に、事業者の有する競争上等の地位が害されることになるという事態も考えられないではない。

この点について、被告は、商品特定情報を含む本件非開示部分が開示されると、一般消費者がBHCやDDTなどの検出された健康茶を買い控えるとか、不買運動や市場の混乱が生じ、その結果、その特定の商品を取り扱う事業者の競争上等の地位が損なわれるに至ることが明白である旨主張するが、しかし、本件全証拠を検討しても、本件において、その主張のような不買運動等の事態が現実に生じる可能性が高いことを的確に認めることができる証拠はなく、前記認定の輸入レモンに関する過去の出来事も、被告の右主張事実を裏付ける根拠となるものではない。むしろ、前記認定のとおり、本件検体から検出された農薬の量はいずれも食品衛生法に基づく規格基準の範囲内であり、また、平成三年五月に健康茶から農薬(BHC)が検出されたとの新聞報道がされた際にも、それによって市場や消費者の行動に特段の影響が生じたことを窺わせる形跡がないことなどからすれば、本件において、本件非開示部分が開示されたとしても、これによって直ちに消費者一般が農薬の検出された健康茶を買い控えるようになるとか、不買運動が起きて市場が混乱するとかいった事態が生じるとまでいうことはできないというべきである。

6  以上のとおりであって、本件成績書部分は、いずれも市販されている健康茶を対象として実施された調査の結果を記録したものであり、本件検体にどのような成分が含まれていたかという商品の品質・性状に関する客観的な情報は、いかなる商品名の検体にどの程度の農薬が含まれていたかという点を含めて、これが開示されたとしても、それによって事業者の競争上等の地位が具体的に侵害されることが客観的に明白であるということはできず、商品特定情報を含む本件非開示部分は条例九条三号本文に該当するものではないというべきである。

したがって、六二年及び元年成績書部分に関する本件決定は、条例九条三号の解釈適用を誤った違法な処分であり取消しを免れない。

五  結論

以上の次第で、本件請求中、五八年成績書部分に関する本件決定の取消しを求める部分は理由がないから棄却することとし、六二年及び元年成績書部分に関する本件決定の取消しを求める部分は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤久夫 裁判官橋詰均 裁判官武田美和子)

別紙(1)〜(3)〈省略〉

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